しゃれと「やれ」
ある人は 「皺」 といい、あるひとは 「やれ」 という。 物は使用するに従い、「皺」、「傷」、「汚れ」、がついていきます。 使用している限りにおいて、当然それはさけることができません。 「やれ」には、好意的、またはお洒落な、 一方、「皺」には無作法、嫌悪の意味で使われる事が多いようです。 現象は同じでも、違う印象をあたえるようです。 では、それらの違いの境目はどこにあるのでしょうか? 思うに、それを身につけている、あるいは持つ 「者」の影響が大きいのではないでしょうか? 刑事コロンボ、扮するピーターフォーク、俳優としての彼は、お洒落な人だと思います。 しかし、ドラマの中の彼と、映画、カサブランカ、ハンフリーボガード扮するリック。 二人は同じように、古いコートを着ていますが、かたやみすぼらしく、かたや伊達、 この違いはどこから来るのでしょうか、ストーリーや、役回りにもよるのでしょうが、 それは持つ者の、物に対する、意思の表れではないかと思います。 トレンチを羽織ったボガードには、着る、意志が感じられ コロンボには着る意志が感じられません。ただ、着けているそんな感じです。 そういう役柄を演じているわけですから、正解ですが。 「カミサンが・・・・持っていけというもんだから」そんな声が聞こえそうです。 意識し、持っているものは、「やれ」てきますが、 意識せずに持っているものは古くなる。そんな気がしました。 いかがでしょうか? |