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イメージの重要性をNO2で述べました。
そこではカッコよさを基準に自分なりのイメージができあがったとします。
次に行うべきは「知識を得る」ということです。
知識とは、服の着方、ネクタイの巻き方、ポケットチーフのつけ方、衣服を纏うスタンダード、また物の生まれた背景、などを得ることは重要です。 「そんなの知ってる」と思った方も我慢して読んでください。
これらの知識があると、カッコよいと思った「イメージの彼」が何故そういうスタイルをしているのか、という背景を知ることができます。
服はその人のステータス、何者かを表す、無言の表現であり、小説などの中で、どんな服を着ているか、あるいは持っているかによってその人となりを推測することもできます。
たとえば、ウイングチップの靴を履いたという表現だけでどんな男か大体想像がつくものです。
これらの知識は常識といわれる物の一段上の知識かもしれません。
興味のない者にとっては、靴とだけで一蹴されてしまうことでしょう。
ウイングチップだろうが、ストレートチップ、プレーントゥだろうが、靴には変わりない。
そう、確かにかわりはありません。
しかし、それらの種類の靴はどんなところで履くべきかという常識が欧米にはあるのです。 それを踏まえた上でお洒落があるのです。 場にそぐわない服を着ていけば、失笑を買うでしょう。 これは、VOL1で述べました、会社へステージ衣装を着ていくほどではないにせよ、見る者が見ればそう感じてしまうわけです。
知識を得るに従って、いままで意識していなかった物が見えてきます。 また他人を見て、いかに意識していないかも見えてきます。 見えてきたのは今まで、知らなかったからで、知れば見えてくることがあるわけです。 そうしていると、初めにカッコよいと思った人も、なんて無粋な人であるのか、また逆にかっこ悪いと思った人がいかに、場にあっているのか、全く逆の評価になることもあります。 そうすると自分にとってのお洒落のイメージに修正を加えねばならないかもしれません。
知識がある前に見たものが、知識が加わったことにより見え方が違ってくるそれが段階であるわけです。
下から見えないことも、上からならみえることがあります。
お洒落というのは確かに、自由であり、自分の好きなものを身につければ良い。 という意見を耳にすることがあります。 しかし、お洒落というものが他人評価である以上、他人の目ということを意識しないわけにはいきません。
洒落者への道は、お洒落と評価されるための道であり、自分の好きなものを勝手に着ることがお洒落になるか、というと違います。
そのためにはまず、知識を得るということを避けて通ることはできません。
さらに、お洒落というと、着こなし、というところに飛びつきがちですが、まず、着るべき、持つべき、履くべき、場所、方法、などを 知ることが第一です。
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