洒落者への道  NO2
イメージを持つ

洒落者には仕事上と似た才覚が必要であるとNO1 で述べました。

洒落者への道を行く求道者としての我々が、次なるステップの前に確認すべきは、

洒落者になりたいという「意思」があるかということです。

なりたいなという願望ではだめです。

なる、という意思が大事。

道を極めようとする修験者のような、大げさですが、そんな姿勢が必要でしょう。

それがなければ、なりません、絶対に。

洒落者への道は一歩、一歩道を歩んでいく、継続性、そして段階があるからです。

願望はいつか夢見つづけているだけで、道を歩む現実性が伴いません。

さて、姿勢は確認いたしました。

次に重要なのは、「イメージ」です。

目標といってもよいでしょうか、お洒落というのは確固とした、客観的に置き換えられるものではないため、この目標設定は、イメージになってくるのかと思います。

みなさんは、お洒落な人というと、思い描く人はどんな人でしょうか?
イメージがありますか?、近くは同僚、先輩、雑誌のモデル、あるいはムービースター,お洒落だなと思う、その姿かたちが頭にイメージされているでしょうか?
それが、まったくないという方、あるいは途方も無くずれている方は設定、修正の必要があります。

ない方、何を着たら、どんな格好をしたらよいのかわからず、困惑。 流行に振り回される、このような方です。 ずれている方、浮いてしまいます。

お洒落、であると感じるのは、「カッコよい」からであると思います。
そのカッコよいと感じたある人、ムービースターかもしれません。 その人が身につけていたもの、そしてそれらを身につけていた状況に自分を投影させ、そこに自分の日常との様々なギャップがあれば、それを埋めようとすることが、すなわち求道であると思います。

ギャップとは、収入、容姿、状況、など色々あるかもしれません。 カッコよい服をきているが、高くて買えない、また、自分とは容姿が180度違う、など。 どうしてもギャップを埋められないものもあるでしょう。
しかし、ここで大事なのは、カッコよい、と思うこと、そしてそれに少しでも近づこうという意思、これが大事です。
全てのギャップを埋められなくても、いくつかが埋めれらることによって、ムービースター以上のカッコよさが生まれるかもしれません。いや、生まれるでしょう。それが、個性です。
ムービースターのコピーを作ることが目的ではありません。
また、近づこうと意思している時間が必要なのです。年月が必要なこともあるわけです。 それが求道者としてはじれったいところですが、求道している時間が必要なのです。 早くから求道しつづけているものと、そうでないもの違いは歴然としてきます。

さらに、そのカッコよいと思った人の着ている、持っているものと同じ服を着て、あるいは持ってそれで終了ではなく、立ち居振舞い、言動までをもカバーし、衣服の着こなしや、物だけではなく、人となりに着眼しなければなりません。
カッコよいと思ったのは、人がカッコよいのであって、物がカッコよいのではないはずで、モノはその人に近づく手段の一つであるわけです。

つまり、主が人、服、物は従であるわけです。

洒落者になるためには、衣服やファッションばかりではなく、人にも着目しなければなりません。人に着目というのは、どんな男になりたいか、ということに他ならないわけです。
着こなし上手を洒落者と呼ぶのではなく、カッコいい男と同義ととらえ,自分にとってのカッコよい男というもののイメージを持つということが重要です。

イメージがなければ向かう方向性が定まりません。ずれていれば間違った方向に行ってしまいます。
洒落者への道も、違った道を歩くと、迷子になってしまいます。
まず、自分にとっての洒落者をつくり、それを目標に求道するその過程での試行錯誤が洒落者をつくるといえるのだと思います。
まず、イメージありき、です。


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