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お洒落になりたい、洒落者と呼ばれたい、こう望む声は多いと思います。
声に出さなくとも思ってるからこそ、これを読んでいただいているのではと思います。
なぜ、お洒落になりたいのか、皆と同じであれば、お洒落とは言われません。
言葉を換えれば、目立ちたい、という自己主張の一つも理由にあるようです。
さらに言えば、なぜ目立ちたいのか、それは認められたいというところからでしょう。
洒落者とは何か、 ファッション持ち物からうける印象を指し、決してその人の肉体的な様相を述べている言葉ではないようです。
また、この言葉には、一般的にはちゃらちゃらした、軽いイメージがあります。
これが、カタカナのシャレモノになるとなおさらです。
しかし、おかしい者であるというイメージはありません。周囲を納得させる何かがあるようです。
みなさんが、ステージ衣装を着て、会社に行けば笑われます。おかしな人に思われます。
いくらその衣装が素敵で皆さんに合っていても、また、好きでも、会社と言う場所に合わない、
ビジネスにはおかしいと誰もが思う。
この、誰もが思うというのが常識で、この常識のレベルをどうやって扱うかがポイントになると思われます。
皆がおかしいと思うことをしているのは、『変』で、皆と同じなのは『平凡』です。
平凡からどうやって頭を出すのか、これは自己主張です。
どれだけ頭を出したか、個性を出したかによって、洒落者か変かが決まるわけです。
そのためには、まず、世間の常識を知り、周りの常識のレベルを把握した上で、どれだけ頭をだせば良いのかを判断しなければなりません。
世間の常識と、自分の周りの環境の常識、会社、地域、国、など自分の所属する環境とのずれを把握するということでしょう。
世間の常識とは、世界で通用するということではないでしょうか。
スーツがビジネスのグローバルな服であるように、お洒落である条件もグローバルな知識を必要とするのではないでしょうか?
例えば ズボンから毛脛が見えたらかっこ悪いよ、という知識を得たとします。
これが、世間の常識、特に欧米では。
なるほど、そんなものなのか、確かにそうだな、と一人合点する。では、早速明日からは毛脛の見えない、靴下を履こうと会社に
行けば、まわりは毛脛のおじさんだらけ。その集団の中で、毛脛が見えないのは貴方だけ、昨日会社の帰りに買いましたから。
しっかり。
そこで、頭ひとつリードです。特に女子社員からは歓迎されるでしょう。
しかし、周りのおじさんにとっては、毛脛が見えようが、見えまいが関係ない。
あるいはそんな意識すらない集団に所属している場合には、あなたの毛脛が見えない靴下効果はないでしょう。
世間の常識と貴方の周囲の常識のギャップです。
これが、靴下くらいであれば、周りから浮くことはありませんが、洒落者とも言われないでしょう。
これでは頭の出し方がたりません。さらに別の方法も考えなければなりません。
洒落者とは、ある環境の中でその環境における、常識、規範を逸脱しない範囲において、評価されるものである。
そう、評価されるものなのです。自分でお洒落だ、洒落者であるといっても、周りが納得しなければいけません。
洒落者であると、自分の所属する環境で評価されるためには、知識、分析力、判断力、適応能力、行動力、主張、
など、ビジネスマンとして同じ資質が必要であると思われます。
決してちゃらけているだけでは無理な資質です。
お洒落な者は仕事ができる。といわれる所以はこういったところから来ているのではないでしょうか。
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